やっぱり隅田川テラスが好き

毎日のウォーキングのついでに中央区周辺の水辺の風景を綴っていきます

豊海橋(とよみばし) 橋シリーズその3

豊海橋というのは日本橋川の河口、隅田川との境界にある橋で、最初に架けられたのは江戸時代の中頃らしいが、現在の橋は(関東大震災の)震災復興橋として再架橋された1927年(昭和2年)生まれ。御年95歳。

 

上の写真からでもちょっと変わった形であることがわかるが、正面(いや、側面か)から見るとこんな感じ。

湊橋から撮影した豊海橋

この橋の形状は「フィレンディール」という形式で、日本で初めて豊海橋で採用されたデザイン(フィレンディールはベルギー人の人名)。戦前に架けられたフィレンディール橋としてはこの橋のほかは富山の目黒橋、秋田の川井橋の2つしか日本に残っていないらしい。

 

デザイン的にも美しいと思う人が多いようで、豊海橋をロケ地にしたドラマやCMは数多い。「ロングバケーション」「全開ガール」「マルモのおきて」「バーテンダー」「絶対零度」「絶対彼氏」などなどなど・・・

わりと最近のCMだとこんなのもあった。

確信は無いのだが、豊海橋を通る道路がこのCMのように渋滞していることなんてまず無いので、もしかしたらこれらのクルマも全部エキストラなのかもしれない。

 

赤穂浪士事件(忠臣蔵のモデル)にも登場

本所松坂町の吉良上野介屋敷(今の両国駅の近くだ)で無事に主君の敵討ちを果たした赤穂浪士一行が、主君の墓がある泉岳寺に向けて引き揚げていく際に、どうやら豊海橋を通ったらしい。

赤穂浪士事件については実に多くの人たちが実に多くのことを調べ上げていて、引き揚げルートに関しても諸説あるようなのだが、江戸時代には下の図のように永代橋が豊海橋よりも北側にあったので、「永代橋→豊海橋→・・・」という経路は至極普通なもののような気がする。

 

日本橋川から豊海橋を抜けると

上の地図を見ていただくとわかるように、江戸時代には永代橋が少し北のほうにあったことから、日本橋川(当時はこのあたりは新堀と呼ばれていたようだが)から豊海橋を抜けると、そこはもう東京湾だった。地図の左下に描かれている中央大橋なんかはもちろん当時は存在しなかった。

 

「豊かな海の橋」という名前が、今ではまったくピンと来ないが、架けられた当時はまさに「名が体を表す」という感じだったのだろう。

ただ、日本橋川から豊海橋を抜けるあたりは、リバーガイドとしてはとてもガイドしにくい場所。というのは、「一度に見える景色が多すぎる(笑)」ため。

 

右を向けば雄大永代橋の向こうに大川端リバーシティ21の美しいタワマン群が見え、左を向くと隅田川大橋や清洲橋の向こうに東京スカイツリーが目立っている。おまけに豊海橋近辺は水鳥が戯れていることも多いので、そっちのほうも気になる・・という次第。まあ、ぜいたくな悩みといえばそれまでなんだけど。

 

永代橋から眺めた豊海橋(左のほう)周辺

 

寝泳ぎホシハジロ

ホシハジロは他のカモに比べて寝ていることがとても多いような気がする。猫ハジロと呼びたいくらい。そんなホシハジロが集団で居眠りしているところに遭遇した。

 



ホシハジロに限らず、カモにも天敵は色々いると思うのだが、なんだろう、この無防備な感じ・・・

 

ただ、動画の終わりのあたりに別の日に撮ったちょっと大きい映像を付け足したので見ていただくとわかるよう、どうやら完全に寝ているわけではないようだ。

無意識なのかもしれないが、結構、水中でバタ足をしている。天敵が現れたらすぐに動けるように寝ながら警戒するという器用なことをしているのかな。いや、でも、顔は羽に突っ込んだままなので、そーっと近づかれたらどうしようもないような・・

 

幼鳥、というか、子どものホシハジロは本当に警戒心が薄いようで、こちらは陸に上がって熟睡中・・寝息を立てるようにときどき体がふくらみます(笑)。